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奈良地方裁判所五條支部 昭和58年(ヨ)11号 判決

昭和五八年(ヨ)第一一号債権者・同一五号債務者 前田喜代美

〈ほか一六名〉

右訴訟代理人弁護士 小田耕平

同 國府泰道

同 井上善雄

同 阪口徳雄

同 金高好伸

同 富島智雄

同 桂充弘

同 藤木邦顕

同 斉藤真行

同 芳邨一弘

昭和五八年(ヨ)第一一号債務者・同一五号債権者 西吉野村

代表者村長 鎌田三郎

右訴訟代理人弁護士 福井秀夫

同 田中幹夫

同 大竹正代

主文

一  昭和五八年(ヨ)第一一号債務者は、同号債権者らとの奈良県公害審査会昭和五八年(調)第一号「西吉野村一般廃棄物最終処分場」事件調停手続が終了するまで、別紙(一)物件目録記載の土地上に「西吉野村一般廃棄物最終処分場」を建設してはならない。

二  昭和五八年(ヨ)第一五号債権者の申請を棄却する。

三  申請費用は昭和五八年(ヨ)第一一号債務者・同一五号債権者の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  昭和五八年(ヨ)第一一号

(一)  債権者ら

A 主位的申請

1 債務者は、別紙(一)物件目録記載の土地上に「西吉野村一般廃棄物最終処分場」を建設してはならない。

2 主文第三項同旨

B 予備的申請

主文第一、三項同旨

(二)  債務者

1 A・Bにつき、本件仮処分申請を却下する。

2 申請費用は債権者らの負担とする。

二  昭和五八年(ヨ)第一五号

(一)  債権者

債務者らは債権者に対し別紙(三)物件目録記載の土地上に西吉野村一般廃棄物最終処分場の建設工事を妨害してはならない。

(二)  債務者

主文第二項同旨

第二当事者の主張

一  昭和五八年(ヨ)第一一号

A  申請の理由

1 当事者

債権者らは、いずれも西吉野村永谷の住民であって、永谷地区の中央部を貫通する国道一六八号線沿いの集落に居住し、一般廃棄物処分場施設(以下、「本件施設」という。)の建設が予定されている持打谷から約五〇〇メートル離れたところに、各々の家屋、田、畑がある。

債権者らの多くは農業、林業を生活の糧としており、一世帯当りの平均作付面積は約五反であり、米作をはじめトウキビ、トマト、エンドウ豆等の畑作、切花、南天、山林苗木等を植栽し、自家消費するとともに商品作物として出荷し、貴重な現金収入の一つとなっている。

債権者らの居住する永谷地区は、簡易水道の敷設がされておらず、債権者らは各戸毎に永谷川、持打谷を流れる溪流の伏流水を湧水、山水によって取水し、飲料用水等の生活用水として利用し、特に夏期の渇水期(約一ケ月)と冬期の凍結期(約二ケ月)は、持打谷の溪流より直接取水して利用している。また、田畑の灌漑用水も全て、永谷川溪流に依存している。

西吉野村永谷地区は、永谷川及びその上流に沿って集落が開け、山林に囲まれ、川の両岸に田畑が作られた山村であり、持打谷から流れる溪流も永谷川に合流し、永谷川は更に下ってアユ、ヤマメ釣りで有名な丹生川となり、五條市で吉野川に合流し紀ノ川となる。吉野川は、「水質汚濁に係る環境基準について」(昭和四六年環境庁告示第五九号)別表二、「生活環境の保全に関する環境基準」の「1、河川 (1) 河川(湖沼を除く)」にいうA類型に属し(なお吉野川は、津風呂川との合流地点より上流はAA類型に属している)、生態系についても汚染に最も弱いとされているヤマメ等が棲息する清流であり、右吉野川の基準に比較して考えるならば、丹生川、永谷川の環境基準は、更に厳しい。

2 本件事業計画の概要

債務者は、「西吉野村一般廃棄物最終処分場施設」事業として、別紙(二)のとおり前記西吉野村大字立川渡字持打谷の山間部に、小河川をはさむ総面積五万七四七九平方メートルの溪谷に、擁壁(高さ一三メートルのコンクリート重力式擁壁)をつくり、西吉野村全域他から出る「一般廃棄物」を埋立処分することを計画している。

埋立てられる「一般廃棄物」は、不燃性ごみ(ビン、空缶他)、粗大ごみ、及び一般家庭からの生ごみであって、年間収集計画量は一、三七一トンであり、収集埋立日程は不燃性ごみ(月間三回)、粗大ごみ(二ケ月間一回)、生ごみ(夏期週間二回、冬期週間一回)であって、月間の総処分計画量一一五トン、投棄回数一三回、にのぼり、全計画では、一万二八〇〇立方メートルのごみ等を昭和六〇年度から七年間埋立てるというものである。

3 被害発生の危険性

(一) 先行埋立処分地における被害の発生状況

債権者らは、本申請に先立ち本事業計画と同様の埋立処分が既になされている地区を調査したが、先行埋立処分地における生活環境の破棄は著しいものであり、本事業計画が実施された時には、同様の被害が不可避的に予想される。

債権者らが調査した結果は、左記のとおりである。

(1) 和歌山県伊都郡高野町富貴、損保地区

処分方法・生ごみを放置

被害状況・川の水質が汚染され、奇形魚が発生

・カラスの大量発生

・他地域の業者の不法投棄が問題化

(2) 和歌山県伊都郡高野口町大野地区処分方法・当初は生ごみを埋立て処分していたが、以下の公害が著しく、現在は閉鎖され別地区で焼却後処理されている。

被害状況・(生ごみ投棄時には)ハエが異常に発生し、ブルトーザーのラジエターにハエがつまり故障したり、付近の住民は、夜寝るときには一度窓を閉めて殺虫剤を散布して、ハエを殺しておかなければ眠れない状況であった。

・のら猫、カラスが増え、農作業ができなくなった。

・ごみ搬入車にハエが群がり、途中の民家にハエ、汚水をばらまいた。

・処分場からの排水が地下水となり、川が白色に濁り、魚が居なくなった。

(3) 和歌山県橋本市彦谷地区

処分方法・昭和四八年から昭和五二年まで生ごみを埋立てるが、昭和五二年、公害問題のため住民が市役所に座り込み、昭和五三年からは焼却場で一応焼却したものを埋立てる。

処理量・一日当り四〇トン(生ごみ、不燃物を含め)

被害状況(生ごみ投棄時)

・悪臭がひどい(梅雨期、夏期は特に著しい)。

・ハエが異常発生し、ごはんの上にとまり真黒になる程であり、ハエがうるさくて夜も眠れない。

・カラス、ネズミ、のら犬、のら猫が増え、農作物(柿、スイカ、キャベツ、トマト等)を荒らし、出荷できず、カラスが松の新芽(二〇年~三〇年位)を折り、伸びを止めて植林ができない。

(現在)

・ごみ運搬車両が汚水をまき散らしている。

・悪臭、ハエの被害は若干軽減しているが、被害はある。

・公害、過疎等のため、五〇世帯あった集落が二〇世帯に減少し、更に過疎が進んだ。

・当初、埋立期間を八年間としていたのが、現在既に一〇年目となり、市が周辺の土地を買収し更に拡張している。

(4) 奈良県吉野郡下市町地区

処分方法・焼却したもののみ埋立てる(不燃物は野焼きしている)。

・週二回が町、他の日は業者が収集し投棄しており、産業廃棄物も含まれている。

被害状況・悪臭が発生している。

・カラスが増え、農作物を荒らす。

・梅雨期にはハエが増える。

・ごみ運搬車両が汚水、ハエをばらまく。

(5) 奈良県吉野郡天川村地区

処分方法・焼却した後投棄

被害状況・人家から六キロメートル離れていて生活に対する被害はないが、近くで悪臭が発生しカラスが増えている。

(6) 奈良県大和郡山市杏町地区

処分方法・生ごみを直接埋立て、他の生活ごみを圧縮梱包し埋立てる。

処理量・日量約五〇トン

被害状況・悪臭が著しく、吐き気がする。

・カラスが大量発生し、農作物を食い荒らし農作ができず、田畑を放棄した人もある。

・ハエが増え、市が殺虫剤を各戸に配布している。

・ごみ運搬車が汚水、ハエをまき散らす。

・朝日新聞昭和五八年五月三一日(奈良版)は、その被害を伝えている。

(二) 本件施設の建設により、永谷地区において発生の予想される被害

右の(2)~(5)の各先行埋立地においては、生ごみの埋立てによる悪臭、生活環境の悪化、メタンガスの発生等の被害が著しいことから、生ごみを一度焼却した後その焼却灰を埋立てるという方法がとられており、焼却灰の埋立てが今日の廃棄物処理行政の趨勢となっているのであるが、それでもなお、焼却の不完全さ等の原因から、右のような被害状況が発生している。

ところが、本件施設は生ごみを直接埋立てるという方法を採用しており、悪臭、生活環境の悪化等の被害は、より甚大なものになることが容易に予想される。具体的には、以下の被害が予想される。

(1) 悪臭

本事業計画では、生ごみを直接投棄し、その回数は毎週二回(冬期のみ週一回)であり、悪臭が発生することは避けられず、特に梅雨時には著しいものとなるのは必至である。その上大気が停滞する可能性があり、終日悪臭による被害が予想される。

(2) 水質汚染、土壌汚染

a 前記のとおり、永谷地区の住民は、飲料水、灌漑用水等生活水について永谷川、持打谷の溪流に依存している。債務者が計画している本件施設によって、

(イ) 処理水として排水される水による汚染

(ロ) 未処理のまま地盤に浸出し、土中に吸収される水による汚染

等が予想され、債権者らが安心して飲料水として利用できる湧水等がなくなる恐れがある。

b とりわけ本件事業計画においては、ごみ処分場に投棄される廃棄物について、有害物質、危険物を事前に規制するとの視点がなく、分別収集が徹底して実施されるという実情もなく、本件処分場からの排水、浸水に何が含まれているか、完全には予想しえない。

c 更に、生ごみ投棄により異常発生が予想されるハエ、ネズミ等を防ぐために消毒剤、駆除剤を散布した場合には、排水中にその薬剤に含まれる有毒物質が混入することは避けられず、二次汚染が生じる。

d ごみ処分場からの排水、浸水には、人体に健康被害を与える重金属、有機リン、ヒ素、有機水銀が含まれている可能性が大きく、更に水中の生物化学的酸素要求量(BOD)、化学的酸素要求量(COD)が、永谷川及びその下流全域において増大する。

e 本事業計画によれば、三次処理の後排水するとされているが、永谷地区の冬は厳しく、汚水処理槽内部の生物バクテリアの活性が冬期には期待できず、汚水処理槽の稼働が不可能となる恐れがある。

f ごみ処分場からの排水、浸水が土壌に吸収される結果、汚水中の重金属が土中に蓄積され、土壌汚染が生じる。

以上の水質汚染、土壌汚染は、稲、野菜等の農作物及び飲料水を通じて、人体に悪影響を与えることが予想される。

(3) カラス、野ネズミ、ハエ、野犬の発生による生活環境の悪化

a 生ごみの投棄によって、先行埋立処分地の例と同様に、大量のハエ、野ネズミ、野犬の発生が予想される。

b 特に、生ごみをエサとしてカラスが発生すると、前記大和郡山市杏町と同様に、農作物が荒らされ、現金収入の糧であるトマト等の野菜、切花、苗木等に被害が予想され、その経済的な被害は重大である。カラスについては、有効な駆除方法がなく被害は長期化する。

c ハエは、生ごみに卵を産みつけ、梅雨期等に著しい大量発生が予想され、生活環境に与える影響は前記高野口町大野地区、彦谷地区の例と同様に重大である。

(4) メタンガス発生、土石流、ごみの流出

a 生ごみが覆土とサンドウィッチ化されて埋立てた場合には、大量のメタンガスが発生することは、奈良県中の川地区の例をはじめ広島市戸坂地区等でみられ、特に戸坂地区では昭和四八年一〇月に、埋立跡地を利用して造成された戸坂中学校の校庭に地割れが生じ、ガスが噴出するという事態が発生したことが報告され、校庭に植栽された樹木も枯死したとのことであり、本事業地においても、メタンガスの発生が予想され、山火事の危険は大きいといわざるをえない。また、生ごみの埋立地は植林には適さない。

b 本件施設は、持打谷の傾斜地の林を伐採して造成されるが、土木工事に伴う土砂の流出をはじめ処分地の土砂流、異常降水時のごみの流出の危険性も高い。

(5) 生活環境の悪化

a 先行埋立処分地の多くで、ごみ搬入車両の振動により家屋が損傷される他、右車両から落下するごみ、汚水によって街路が汚され悪臭の発生がみられる。永谷地区においては、国道一六八号線が唯一の道路であり、ごみ搬入車両の通行による生活環境の悪化は重大である。

b また、ごみ処分場を設置した場合には、実際上二四時間の監視が不可能なことから、他府県や悪質業者等によるごみの不法投棄を誘発し、生活環境の破壊が広範囲に生じる危険性が高く、そのことは先行処分地においても多々見られるものである。

c 以上、様々な生活環境の悪化は永谷地区を「ごみの町」とし、永谷地区のイメージダウンを招き、前記橋本市彦谷地区の例の様に、過疎の村となる危険性が高い。

4 計画作成、行政手続上の問題

(1) ごみ処分場設置計画の作成について

a 現在債務者は、村内のごみ処理を他村業者に依頼し、その年間の支出は約九二〇万円(昭和五三年度)であるが、本事業計画の予算は、建設費のみで二億数千万円で、現在の処理費の約二〇数倍、処理場の運営管理費を含めれば、更にその支出は莫大なものとなるが、その様な支出をしてまで処分場を設置する緊急の必要性があるのか、判然としない。

b また、生ごみの直接投棄は、全国各地で重大な公害問題を生じたことから、現在の廃棄物処理事業の趨勢は、極力生ごみの直接埋立てを避け、危険物を除去したうえ分別収集を実施し、焼却してその焼却灰を埋立てるのであり、通常の事業計画は、焼却場、粗大ごみの破砕場の設置と一体のものとしてごみ処分場の設置が考えられている。本事業計画は、西吉野村としては最初で唯一のごみ処分場の設置計画であるが、その計画作成にあたり右記の趨勢について配慮されない。そのことは、全国各地の事業主体の経験を無視するものであって、計画作成の杜撰さを示すものである。

(2) 用地選定の不合理性

a 本事業計画において、何故に持打谷が選定されたのか、合理的説明がなされていない。

b 本件処分地の用地は、本来立川渡の入会林を、植林を目的として「分け山」したものであって、その際、本処分地の部分が、その目的外の砂利採取業者に売却され、それを買い戻したという経過があったといわれており、用地の選定に関して、他の候補地との比較検討のうえ選定されたものではない。

c 永谷地区は西吉野村の南西端に属し、戸数が少なく選出される村会議員もなく、本事業計画の作成には何ら関与させられないまま決定されたとの経過がある。

(3) 環境アセスメント(環境影響事前評価)の欠如

a 環境アセスメントの理念は、

第一に、当該事業の安全を保障するために、計画の熟度に対応した安全率を配慮したうえ、その事業に関する知識、情報を収集するものであること、

第二に、住民意思に基づく民主的決定と、被害関係住民の同意を中心とするものであり、当該事業計画が、その地域の土地の適正な利用計画に適合するものであるか否かを、地域住民の総意に基づいて決定するためにこそなされるものであること、

第三に、以上の住民の意思決定に資するために、アセスメントの内容は、詳細かつ平明であり、

(イ) 現在の自然的、社会的環境

(ロ) 事業実施に伴う直接的、間接的影響

(ハ) 環境への影響のうち、避けがたいものと回復しがたいもの

(ニ) 代替案(当該事業計画の中止または延期案、異種及び同種代替案、またその組合せ、並びに各案の環境に与える影響の比較)の提案

を含む調査、評価がなされねばならない。

b 本事業計画においては、全く環境アセスメントが実施されていない。即ち、債務者は、本件施設がその周辺環境に及ぼす程度・範囲の予想、評価についての分析及びその公表と、住民の意向の打診さえ行っておらず、代替案との比較を行った形跡は全くなく、先行埋立処分地における環境破壊についての総合調査をも欠いている。

5 被保全権利

(一) 債権者・債務者間には「話し合いがつくまで着工しない」との合意が存在し、債権者らは債務者に対し、右合意に基づき話し合いを求める権利を有するとともに、この話し合いがつくまで工事を着工しないように求める権利を有する。

右合意の趣旨は以下の経過から、従来の説明では不充分であって、関係資料を公開し、代替案等の検討を含め住民との協議を行い、その同意を条件に工事を再開するというものであって、その合意の拘束力は、当事者を法的に拘束するものである。

(1) 「話し合いがつくまで着工しない」との合意の存在

債務者は、債権者らとの間に昭和五八年六月三〇日、「廃棄物埋立処理施設工事は、話し合いがつくまで着工致しません」との合意をし、債務者代表の村長は、右合意を文書で確認した。

(2) 右合意に至る経過

債務者の六月二五日付回答書によれば、昭和五五年五月に検討を終え、昭和五六年に土質調査、水質調査を行った、とのことであるが、債権者ら住民に対し、本事業計画が知らされるようになったのは昭和五七年八月であった。六月下旬頃、永谷地区の三一軒から選出された吉原和昭区長に対し、債務者から説明があり、住民の同意をとりつけるように求めたが、その際には、(イ)最近式の方式で設置するから公害は絶対に出ない、(ロ)工事推進に協力をして欲しい、(ハ)心配なら吉野町の設備を見て来い、と説明するのみで、事業計画の資料等も一切公表しないままであった。

八月二日の「総人足」の日になって、債権者ら住民は、債務者が持打谷にごみ処分場を造ろうとしており、区長がそれに同意書を出しているらしいとの噂を聞き、ようやく本件事業計画を知ったのである。区長は債権者らの追及に対して、「同意書は村に出していない。しかし、反対するなら勝手にしたらええ」というのみで、充分な説明をしないまま、区長の辞任届を出すに至った。そこで債権者らは、債務者に対し説明を求めたところ、昭和五七年一〇月一八日に説明会が行われ、「ごみの埋立処分地を建設することに対して御協力お願い」と題する一枚の資料がはじめて配布されたが、債権者らは、(イ)永谷地区としては同意していない、(ロ)公害が発生しないという保障がない、ことから、反対である旨を明らかにし、区長名の同意が出ているかどうかについて追及した。しかし債務者は、納得のいく回答をしないまま説明会は終った。

昭和五八年一月に入り、債務者は事業区域内に、「工事中、工事期間自昭和五八年一月二六日至昭和六〇年三月二〇日、施工荏原建設(株)」との看板を立て、工事強行を図った。この間、吉原区長が債務者に対して報告書を提出しており、債務者は、右書面をもって永谷地区の「同意書」としていたのである。債権者ら住民は債務者に対し、「苦情申出書」を提出し計画の白紙撤回を求めた。二月八日、債権者ら住民は、債務者が工事を強行しようとすることに抗議し、第二回目の説明会を求めたが、「公害は絶対に出さない」というのみで終了した。

三月七日から八日にかけて、債権者ら住民は、更に債務者に対し説明を求めたところ、(イ)区長の前記報告書は村役場が原稿を持参して書かせたものであったこと、(ロ)和泉村議会議長は永谷、立川渡地区から既に同意を得たとの報告を受けたので、工事の発注を議会にかけて決議した、ことが発覚した。債務者は、当初、「公害というのは汚水によるもので、その汚水は永谷川にパイプを引き永谷よりも下流で排水するから、他に公害などは出ない」と繰り返すのみであったが、債権者らの反対が強く、同意を得ていないことが明らかになったため、債務者の厚生課長である鍵谷清平が、「永谷地区との話し合いが解決するまで中止する、区長からの報告書は返却する」と覚書を書き確認するに至った。

その後、三月二六日、五月二日、五月九日と債権者らは要請を行ったが、債務者は、工事強行を前提に債権者らに協力を求めることに終始し、公害発生の防止策等について誠意ある説明はなされなかった。債務者は五月二六日、工事着工を通知し、翌二七日には債権者らの抗議を無視して工事に着工した。

この様な債務者の姿勢は、西吉野村の住民や村議会内部においても問題となるに至り、五月三〇日、村議会議員総会が開催され、(秘密会のため内容わからず)ついに債務者は、「話し合いがつくまで着工しない」旨の合意をするに至った。確認書は、同日村役場にて、総務課長から債権者鶴谷秀雄に交付された。

債務者代表の村長は翌三一日の議会で、「これだけ反対があれば出きん、白紙撤回せざるをえない」と発言し、右合意の作成経過を説明した。

(二) 財産権・人格権・環境権

本件ごみ処分場は、公害発生の蓋然性が高いことが明らかであり、公害の発生は、債権者らの生命・身体・健康を脅かすものであるから、債権者らは人格権に基づき建設工事の差止請求権を有する。

6 保全の必要性

(一) 債務者による合意違反

(1) 債務者は、右合意が存するにかかわらず、話し合いの機会をつくらず、再び工事を強行する姿勢をとり続けている。

(2) 六月六日、村役場で債権者らが債務者代表者村長に対し、「こんなごみ処理場が出来れば若者が村から出ていくから、場所をかえて欲しい」と要請したことに対し、村長は、「工事するのは二~三年かかる、公害が出るのは四年後や。その時には若い者がどうするか考えるやろ」等と公然と公害の発生を認めながら、あくまでも強行する姿勢をかえなかった。

(3) そこで債権者らは、六月七日、「要求書」及び「質問状」を債務者に提出し、関係資料の公開と誠実なる協議とを求めた。更に六月九日、村役場で右質問状等への回答を村長に求めたが、その際村長は、「一週間以内に代理人の弁護士事務所又は住民に対し質問に答えるとともに、資料を公開する」と、口頭で債権者前田喜代美らと、代理人弁護士小田、国府に約束した。しかるに、右期限を徒過し、債権者らが催告状を発して後ようやく、六月二五日付の回答書が届けられた。

(4) この「回答書」は、村長が一旦約束していた資料公開の約束を反古にするものであって、「工事の遷延は許されず、早急に了解、賛同して頂きたい」と工事推進をはかるものであり、誠実な協議を何ら約束しないものであった。

(5) 以上の経過から、債権者らは債務者との話し合いの場を奈良県公害審査会に求め、六月三〇日、「公害調停」を申し立てた(以下「本件公害調停」という)。

(6) しかるに債務者は、本件公害調停申立の事実を知りながら、七月四日、急遽村議会を開催し、「機動隊を導入しても工事の再開を強行する」ことを決議した。

これら一連の行為は、債務者の重大な協定違反である。

(7) 債務者が合意を守らず工事を強行することに対し、債権者らをはじめ住民は、更に大きな抗議の意思を示しているが、債務者は、官憲の力を借りてまで工事を強行する旨を決議している以上、前記合意を無視して本件工事が早晩強行されるのは明白であって、その際には、債権者らの前記合意に基づく権利が侵害されるとともに、「協議が整うまでは工事を強行しないことを求める権利」が侵害されるのは明白であって、右権利はもはや回復しがたい状況になる。

(二) 債権者らの「健康かつ幸福に生きるため良い生活環境を享受し、支配する権利」(環境権)、「人間の根源的かつ基本的な権利」(人格権)、「土地・建物を所有し、農耕、生活に利用する権利」(所有権)を侵害する結果になるとともに、「廃棄物処理法二二条による国庫補助及び公害の防止に関する事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律第三条による国庫補助」について、要求される「関係住民の同意」を欠いた違法な事業を容認する結果となる。

(三) 結論

よって、債権者らは債務者に対し、主位的に本件施設の建設禁止、予備的に本件公害調停手続の終了するまで本件施設の建設の禁止を求める。

B  申請の理由に対する認否

1 当事者について

債権者らが居住している所から本件施設までの直線距離、債権者らが永谷川、持打谷を流れる溪流の伏流水を湧水、山水によって飲料用水等の生活用水として利用していること、夏期及び冬期は持打谷の溪流から直接生活用水を取水していることについてはいずれも否認。その余は認める。

2 本件事業計画の概要について

総面積中埋立地は二五四〇平方メートルであること、年間収集計画量、全計画量はいずれも覆土を含めての量であること、その余は認める。

3 被害発生の危険性

(一) 先行埋立処分地における被害の発生状況について

債権者の掲げる六例において被害が発生していることは認める。しかし、それらはいずれも各市町村が国の関与・補助もなく、国の施設基準にも合致していないもので、応急的な措置としての施設であり、本件とは全く実情を異にする。

(二) 永谷地区において発生の予想される被害について

(1)ないし(5)はいずれも否認。なお次のような手当をしている。

(1) 悪臭防止について

即日覆土を実施し、ガス抜き管を設けてガスを燃焼さすため悪臭は出ないのである。仮りに逆転現象が起きてもその影響がなく、殊に債権者の主張する戸山地区とはその地形が全く異なり被害が予想され得ない。

(2) 水質汚染、土壌汚染防止について

遮水シートで集水して処理施設で処理し放流管でもって永谷川へ直接放流するから持打谷の溪流及び永谷川(立川渡領と永谷領との境より)上流については全く影響がなく、永谷地区の住民には何等の被害もない。

冬期低温時の処理については、他の寒冷地に於ても処理されているが、特に本施設は冬期を考慮して滞留時間を長くし直接積雪しないように土壌にて覆蓋をすることになっている。

分別収集については現在も行っているし将来も行うものでありその量が少ないのでチェックすることは容易である。

(3) カラス、野鼠、ハエ等の防止について

即日覆土する。又二次汚染の危険性のない薬剤フライダウンを使用する。

(4) メタンガス発生、土石流、ごみの流出防止について

ガス抜き管を設置して燃焼するので、その危険がないが、防火水槽を設けることとなっているし、生ごみの埋立後の植林のため、最終の覆土の厚さを一・五メートルとし、十分なガス抜きをしているので植林については心配はない。

又土石流及びごみ流出の防止のためには堰堤を設ける。

(5) 生活環境の悪化について

ごみ搬入車輌はごみの量からして、そもそも悪化のおそれはない。永谷地区を通らないので、家屋の損傷やごみの落下によって道路を汚すことはあり得ない。

ごみの不法投棄を誘発し環境破壊のおそれは本件処理地は山間奥地にあるうえ監視しているので生じない。本件埋立地は大字立川渡地区内で国道一六八号線から林道五〇〇メートル入った場所に汚水処理場を設け更に四〇〇メートル離れたところに埋立地を設けるので永谷地区の環境には影響がなく、永谷地区のイメージダウンということはあり得ない。

4 計画作成、行政手続上の問題について

(1) ごみ処分場設置計画の作成について

aについては債務者が村内のごみ処理を他村業者に依頼していること、本件施設の建設費が債権者主張の金額であること、は認めその余は否認。bは否認。

(2) 用地選定の不合理性について

aないしcはいずれも否認。

本件土地を用地として選定したのは、民家並びに耕地から離れ、その間山が重々して、これを遮り、道路が完成しており、しかも村所有地であって土地購入の必要がなく、その跡地の利用が植林に適していること等であり、他にこれに匹敵する候補地がない。議会側も此点を認め賛成している。

債務者の村の環境衛生施設として、ごみ処理場、し尿処理場、火葬場の三施設は農山村といえども必要に迫られていて、適地に応じて旧三村(西吉野村は白銀、賀名生、宗桧の三村が昭和三四年に合併した村である)に分散式に設けることが、村の融和上重要なポイントにもなっており、それが合理的な行政とされるところであって、その一環として、本件土地が他に比類なく適地とされ、本件施設に充分な調査の上選定するに至った。

(3) 環境アセスメントについて

a・bはいずれも否認。

5 被保全権利について

(一) 合意の存在について

債権者主張の、債務者代表者村長の合意文書、厚生課長の覚書の存することは認め、その余は否認。右文書中、村長の合意文書は一部区民のたすきがけで押寄せての強引な強要によるものであり、また、厚生課長の覚書は同年三月七日夜八時から翌日夜迄約二六時間同課長を缶詰にした上、土手っ腹へ風穴をあけてやろうか等暴言の上でのもので無効である。

6 保全の必要性について

全て争う。

二  昭和五八年(ヨ)第一五号

A  申請の理由

1 一般廃棄物最終処分場施設(以下「本件施設」という。)の建設

(一) 建設の必要性

(1) 昭和五八年(ヨ)第一五号債権者(以下「西吉野村」という。)はその面積九二・六七平方キロメートル、人口五一五〇人を有する山間の村落であるが、昔は各戸で生ずる廃棄物は各戸で処理していたが、最近は業者に委託して他町村で処理している。

(2) 村落より生ずる一般廃棄物の処理はその村で処理すべきことが義務づけられているので、西吉野村もその原則に従い、年来処理場建設を企図していた。

(3) 処理場建設にあたり、西吉野村は、住民に述惑のかからないよう先例を充分検討し、昭和五五年初頭よりコンサルタントによりあらゆる角度から検討を重ねた上本件土地二五四〇平方メートルを選定し、充分な予算のもとに本件建設に踏切った。

(二) 土地選定の理由

本件処理土地二五四〇平方メートルは人里離れた山岳重々とした谷間にあって、昭和五八年(ヨ)第一五号債務者(以下「前田等」という。)らの居住するところより直線にして八〇〇メートルの距離にあること、右土地は西吉野村所有地であって、現地へは林道がついていて便利であること、使用後は植林して村所有山林として運営すること、土質、水質等調査をなした上本件土地を施設場に選定するに至った。

(三) 本件施設の内容

別紙(二)(一般廃棄物最終処分場施設概要)のとおり、先ず従来通り粗大ごみ、不燃ごみ、生ごみの分別収集を行い、生ごみは収集して本件処理場に搬入する。搬入した生ごみを下方に落し込んでそれを水平にして、二次汚染の危険性のない薬剤フライダウンを散布し、その上へ即日覆土する。ガス抜き管を設けてガスを燃焼する。もっとも念のために防火水槽を設置する。埋立地から浸出する汚水は埋立地底部に敷設してある集排水管によって汚水処理施設へ導水し処理して放流し水汚染防止する。もっとも埋立地から地下へ浸出しないよう全般に亘って遮水シートを敷設して防止し、周辺に側溝を設けて埋立地外よりの雨水を集めて谷へ導水して放流し、また上方側には堰堤を設けて上方からの雨水が埋立地内に流入しないようにする。

2 前田等に対する影響

(一) 前記のとおり本件処理場とは直線にして八〇〇メートルの距離にあること

(二) その間に標高六五〇から七〇〇メートルの山岳が遮断していること

(三) 本件施設は山岳地帯にあり、その上流に前田等の居住する家屋があること

(四) 前田等は飲料水に地下取水しているとのことであるが埋立地は全部遮水シートを敷設しているのでここより汚水の地下浸出はあり得ないし埋立地と前田等居住地との間に存在する山岳の岩層の配列から前田等方への地下浸出を遮断しているし、又渇水期には附近の溪流より取水していると言われるが、上流からの取水はあり得ても、本件で放流されるのはその下流である。

(五) 田圃への灌漑用水は前田等の内前田喜代美所有の田圃のみであるが、既に西吉野村は同人に対し水処理場からの排水は直接持打谷へ流さずパイプを敷設して永谷川へ流すことにしているので、同人所有の田圃には影響がなく、他の前田等所有の田圃は勿論何等影響がない。

(六) 前田等の居住するところは、本件水処理場から放流される溪流より遙か上流の箇所にあり、しかも放流される水は充分処理されていて、殊に、永谷区民より排出されるごみは別にして各区民から収集されるごみの運搬は前田等の居住する永谷区を通過しない。

3 仮処分の必要性

(一) 村長並びに厚生課長の「話合がつく迄着工しない」趣旨の文書があるが、村長の右文書は当日区民十数名がたすきがけで村長室に押しかけて強引に右文書を書くことを強要したものであり、又厚生課長の同趣旨の文書は同課長が昭和五八年三月七日夜から翌八日の夜迄約二六時間缶詰にされた上暴言による脅迫によるものであって右文書による意思表示は無効である。

(二) 西吉野村は従来より永谷区長を通じ或は直接話合をなしたが永谷区三二軒のうち前田等七軒のみが単に反対するというだけである。

(三) ことに本件埋立地は立川渡区内にあり又右処理場から放流される溪流の下流にある立川渡区は既に同意しているのである。

(四) 本件施設は国庫補助事業であり、その関係からして又工事契約は既に完了し一日の遷延も許されない現状であるので実施に踏切ったところ、前田等によって昭和五八年五月二七日及び同月三〇日に亘り工事着工を妨害された。

以上のとおり前田等にはその理由が全くなく、徒らにこれを妨害しようとしているのであり西吉野村は一刻の猶予も許されない事態となっているので至急に妨害禁止の仮処分をされたく本申請に及ぶ。

B  右に対する認否

1(一) 建設の必要性について

(1)は認める。(2)、(3)は否認。「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」においては、「市町村は廃棄物の処理について一定の計画を定めなければならない」とは定めているが、「その村で(その村内の施設によって)処理すべきこと」は必ずしも義務づけられておらず、同法六条3項では「市町村以外の者に委託する場合」についても定めてあるとおり、現在西吉野村が実施している「業者による処理」も適法なのである。

(二) 土地選定の理由について

否認。

(三) 本件施設の内容について

西吉野村が別紙(二)の「処分場施設概要」を発表していることは認め、その余は不知。

2 前田等に対する影響について

いずれも争う。

3 仮処分の必要性について

(一)のうち文書の存在は認めその余は否認。(二)、(三)は否認。(四)のうち本件施設が国庫補助事業であることは認め、その余は否認。西吉野村は、本件事業計画についてアセスメント手続を全く欠如させ、住民に対する説明も強権的に同意を求める手続として利用し、かつ永谷地区住民の同意を欠いたまま補助金等の支給を受け工事着工を強行したものであって、これに対し生活を守るため工事着工を強行しないように、住民らが説得行動することは当然のことであり、本件事業計画はその手続において違法、不当であって、かかる違法な事業計画については妨害禁止を求める必要性は有しない。

第三疎明関係《省略》

理由

第一昭和五八年(ヨ)第一一号

一  当事者について

《証拠省略》によれば以下の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》即ち、債権者らの居住地と本件施設との距離は、水処理地から約五〇〇メートル、ごみ処理場から約六〇〇ないし七〇〇メートルであり、悪臭等の被害が波及する距離であること、持打谷と永谷との間には、標高五五〇ないし六三〇メートルの尾根が有り、債権者らの居住地である永谷地区の標高は海抜五一〇から五三〇メートルであって、この間の標高差はわずかに四〇メートルないし一〇〇メートルにすぎないこと、債権者らは簡易水道の施設がなく、各戸毎に永谷川、持打谷を流れる溪流の伏流水を湧水、山水により取水していること、本件施設からの浸透水は尾根の岩盤層によって、永谷地区に流出しないとは認め難いこと、債権者らは雨の少ない七月初旬より湧水等が干れるため、持打谷の溪流から生活用水を取水しており、持打谷の溪流が生活用水に適し、取水しうることは広く住民に知られていること、冬期の凍結時も同様であること、田畑の灌漑用水として、債権者前田喜代美は持打谷から水をパイプで導いていること、従って、債権者らは永谷川、持打谷の溪流の汚染による影響を受けること、以上である。

二  本件施設について

1  本件施設

本件施設の概要は別紙(二)のとおりであること、西吉野村大字立川渡字持打谷の山間部に埋立地二五四〇平方メートルに、高さ一三メートルのコンクリート重力式擁壁をつくり、不燃ごみ、粗大ごみ、及び生ごみを覆土を含めて総合計一万二八〇〇立方メートルを昭和六〇年度から七年間埋立てること、は当事者間に争いがない。

2  本件施設の立案と諸手続き

《証拠省略》によれば以下の事実が認められ右認定に反する疎明はない。①西吉野村としてごみ処分場建設を計画し始めた時期は、はっきりしないが、厚生課長が検討を開始したのは昭和五一年~五二年頃である。②その検討した中で、ごみ量が少ないことを理由に中間処理をせず、直ちに最終処分場に投棄する方式を決定。③その後、昭和五四年頃から建設候補地の調査開始。④昭和五五年五月に明建設計株式会社(以下「明建」という。)に設計や法規の検討を依頼。⑤昭和五五年夏頃、建設用地を決定。⑥昭和五六年夏頃、測量、水質、地質調査を明建に依頼。⑦明建による地質調査報告書提出昭和五六年一〇月、同水質調査報告書提出同年一二月。⑧昭和五七年二月、厚生大臣宛「計画書」提出。⑨昭和五八年一月、厚生省からの国庫補助金内示。⑩同年一月一六日、立川渡区の同意書提出。⑪同年一月一七日、村議会による補正予算の議決。⑫同日、県への技術審査報告書提出。⑬同年一月二五日、補助金申請。⑭同日、村議会による工事請負契約の議決。⑮同年三月二五日、補助金交付通達。⑯同年五月二七日、建設工事着工。⑰同年五月三〇日、合意書締結。

3  先行埋立処分地における被害の発生と本件施設におけるその対策

(一) 先行埋立処分地における被害の発生A3(一)については争いがない。

(二) 債務者による先行埋立処分地における公害発生の現状把握と対策

(1) 《証拠省略》によれば、債務者は近隣の十津川村、天川村、高野町富貴、石川県小松市を見学し、公害発生の蓋然性のない例として、吉野町ごみ処分場、札幌市白川処分場を揚げる。

(2) しかし、《証拠省略》によれば、吉野町は焼却灰の埋立方式で本件とは事情を異にし、札幌市白川処分場はむしろエアレーションラグーン方式の欠点を示したものとも認められ、右認定に反する疎明はない。

(3) してみると、債務者において、先行埋立処分地の被害の発生及びその対策を十分に考慮しているとは認め難いといわざるを得ない。

(三) 債務者は予想される公害に対する防止策として、イ、即日覆土の実施、ロ、エアレーションラグーンによる汚水処理施設の設置、ハ、ガス抜き装置による発生ガスの燃焼、ニ、イエバエの防除を実施すると主張する。

(1) 即日覆土について

a 《証拠省略》によれば覆土の厚さ及び覆土材の置場が予定されていること、《証拠省略》によれば本件施設には年間四五七トンの覆土を要することが認められ、右認定に反する証拠はない。覆土材の確保について、債務者は本件埋立地の工事残土、村内道路建設工事残土を用いる旨主張するが、予算的裏付について疎明はなく、《証拠省略》によるも継続して必要量を確保できるか明らかでなく、予算を疎明する《証拠省略》は前記鍵谷証言に照らして措信できず、他に覆土材の確保の疎明はないこと。

b 《証拠省略》によれば、覆土置き場から本件施設まで相当の距離があるが、本件施設の建設工事残土を一担覆土置き場へ移動させることになること、別紙(二)の本件施設の概要によれば、ごみの投入する場所とごみ処分場所との間に数十メートルの落差があり、ごみ(不燃、粗大、生ごみ)と覆土とを全て四五度の角度のあるダスターシュートで落下させることになるが、飛散防止の技術的な配慮は本件全疎明によるもその疎明がないこと。

c 《証拠省略》によれば本件施設の最終覆土は二割勾配になっているが、廃棄物構造指針に照らして覆土材の地すべり等の虞れが、特に債務者の主張する土木工事建設残土等によれば認められ右認定に反する疎明はないこと。

d 以上の事実によれば、覆土については十分な計画が立てられているとは認め難いものといわざるを得ない。

(2) 汚水処理施設について

a 《証拠省略》による浸出水量、集水面積、流出係数、浸出水質は《証拠省略》に照らして、いずれも浸出水量、集水面積、流出係数を過少に評価し、アンモニア性窒素を欠落させる等浸出水質を過大に評価した疑いが濃厚であり、なかんずく、本件施設の設計者である木下証言は《証拠省略》読み誤り等も窺えるもので措信できない。してみると、右各数値を前提とした本件汚水処理施設が有効に作動するかどうかははなはだ疑わしいものといわざるを得ない。

b 《証拠省略》によれば調整槽の必要性が窺われ(る。)《証拠判断省略》

c 《証拠省略》によれば、加温装置の必要性、及び、本件汚水処理施設の処理能力の過大評価が窺われ(る。)《証拠判断省略》

d 《証拠省略》によれば、本件埋立地と浸出水処理施設との間に第三者(川村村会議員所有地)の所有地が存在し、《証拠省略》によれば右土地所有者の無償使用を認める約束が存することが認められるが、右使用関係は物権的な権利関係を設定するものか否か明らかでなく、仮に債権関係であれば第三者には対抗できない不安定なものである。

e 以上認定の事実によれば、本件汚水処理施設は物理的面、機能的な面から十分な作動が可能かどうかはなはだ疑わしいものと認めざるを得ない。

(3) イエバエの防除について

《証拠省略》は、《証拠省略》に照らして十分なものと認められず、前記覆土の不十分さと相まって、さらに不十分さが予測され、右認定に反する疎明はない。

4  本件施設の管理上の問題その他

(一) 債務者は第五回口頭弁論期日(昭和五九年一一月一三日)において維持・管理上の問題と称してシート被覆工法を主張するに至った。成立に争いのない疎乙第六六号証の一(シート被覆工法について)によれば、同工法は汚水処理負担の軽減、覆土の量を少なくする等の利点が説明されており、同工法は単なる施設の維持・管理上の問題に止まるものかはなはだ疑問であるうえ、本件施設にどのような欠陥が予定され、それをどのようにカバーするためシート被覆工法が用いられるのかも明らかでないばかりでなく、このような重大な工法がこの時期(即ち、疎乙第六六号証の一の作成年月日は昭和五九年一一月五日、作成者明建)に主張されることは、当初の本件施設の検討の不十分さを推認させるものといわざるを得ない。

(二) 本件施設の建設図面としては極く簡単な別紙(二)の概要図ダスターシュート下部詳細図及び前掲シート被覆工法の説明(疎乙第六六号証の一、これとて機能面の説明が主である)管理のための条例案があるのみで、特に水処理施設については略図すらなく、債務者の資料はほとんどは一般的な既刊の学術論文のコピーであり、前掲木下証言によれば、明建自体上下水道の設計を基本業務としているもので、ごみ埋立・焼却施設の設計は初めてのことであり、右証言によれば、前記図面だけでは施設は作れないことを認めており、さらに、前記シート被覆工法の計画が相当後日になされたりすること、本件ごみ埋立施設と汚水処理施設の間に第三者の土地が存すること、等を総合すると、極めて不十分な準備しかなされておらず、後記の関係住民に対する説明にも事欠くこと明らかである。

5  まとめ

本件施設は、その建設のための基礎データの収集の不十分、建設遂行のための準備不足、維持管理のための計画の未定があり、未だ施設立案の揺籃期にあると認めるのが相当である。

三  関係住民に対する説明経過について

(一)  《証拠省略》によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する前掲鍵谷証言、鎌田債務者代表者本人尋問の結果は措信出来ず、他に右認定に反する疎明はない。即ち、ア、昭和五七年六月下旬開催された永谷地区役員会で、吉原区長は、最新式の方式で設置するから公害は全体に出ないと言っている。工事推進に協力して欲しい。心配なら吉野町のごみ処分場を見学されたい、と具体的に本件ごみ処分場の建設計画を説明することなく、地区役員の了解を求めた。イ、昭和五七年八月二日の総人足の日に、本件ごみ処分場建設計画のことを永谷地区住民が知り、債務者に説明を求めた。ウ、同年一〇月一八日、第一回説明会が開催されたが、その際にも説明書等の文書は配付されなかった。エ、同年一二月二四日、債務者は吉原区長に「報告書」を提出させた。しかし右報告書には、「……区総会に於て同意を得られず今日に至りました。」との記載があり、区総会では本件ごみ処分場建設に対する同意を得られなかったことを債務者は熟知していたこと。オ、さらに、債権者ら永谷地区住民は、一月三〇日債務者宛て「苦情申出書」を提出した。カ、翌昭和五八年三月七~八日、第二回説明会が開催され、ようやく建設計画の内容を説明したビラを配付した。キ、五月九日に第三回説明会が開催され、債務者は別紙(二)の資料を配付した。

以上認定の事実と前記の本件施設の内容の準備の不十分さを総合すると、関係住民に対して十分な説明はなされていないことが認められる。

(二)  合意書について

(1) 前掲各証拠によれば次の事実が認められ右認定に反する疎明はない。

即ち、債務者は、債権者ら永谷地区住民の抗議をうけて三月七~八日の説明会で、鍵谷厚生課長が、吉原区長の「報告書」の撤回と返却を永谷区に対し約束し、「……工事は……永谷地区との話し合いが解決するまで中止します。」との覚書を締結した。そして、五月三〇日に、村長名の「廃棄物埋立処理施設工事は、話し合いがつくまで着工致しません。」との合意書(疎甲第一九号証)が総務課長から提出され、二回に渡って債権者らを含む永谷地区住民との間に「話し合いがつくまで工事に着工しない。」旨合意した。

(2) 合意の有効性について

昭和五八年三月八日付の厚生課長の覚書に引き続き同年五月三日債務者代表者鎌田三郎の「話し合いがつくまで着工致しません。」との合意書が作成されていること、右合意書はタイプ印刷され西吉野村長の肩書、鎌田三郎の記名がなされ、村長の公印の押捺されたもので、その形式から真意にもとづかないものであるとは認め難いばかりでなく、前記認定の関係住民に対する説明経過及び前記第一の二で認定した本件施設の検討の不十分さを総合すると、債権者らの追求を受ければ右合意書の如き合意をせざるを得ないであろうことは容易に推認できるところであり、右合意書は真意に基づくものと認められ(る。)《証拠判断省略》

(3) 右合意は、債権者と債務者との関係が村民と村という関係であること、本件施設が一般的には公害を発生せしめるものであること、債権者らが本件施設による発生した公害の被害を受ける位置にある可能性があること、本件施設の機能及び公害除去の程度、債権者と債務者の話し合いの経緯等に鑑みると、当事者を法的に拘束するものと認めるのが相当である。

四  被保全権利及び保全の必要性

(一)  《証拠省略》によれば、債権者は債務者を相手方として昭和五八年六月三〇日奈良県公害審査会に公害調停が申立られ、奈良県公害審査会昭和五八年(調)第一号として右調停が継続していることが認められ、《証拠省略》によるも未だ右認定を覆すに足りず他に右認定に反する疎明はない。

(二)  以上認定諸事実、即ち、本件施設の欠陥並びに計画の準備度、法定拘束力を有する合意の存在、公害調停の継続の事実に照らすと、本件仮処分は、主位的請求の限度までの保全の必要性は認められないものの、予備的請求である公害調停の終了までの限度で保全の必要が疎明されたというべきで、その限度でこれを認容するのが相当である。

第二昭和五八年(ヨ)第一五号

以上認定の事実によれば、保全の必要性の疎明がないというべくその余の認定を待つまでもなく理由がないものと認められる。

第三結論

以上の次第で、昭和五八年(ヨ)第一一号については予備的請求の限度で債権者の申請は理由があるのでこれを認容し、同五八年(ヨ)第一五号については理由がないのでこれを棄却することとし、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 生田暉雄)

〈以下省略〉

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